【号外】窯 入 場

窯ストーリー

ガス屋さんの予定に合わせる形で決まった搬入日を前に、工房の掃除を始めました。床のどの面も、天井の全ての端っこも、みんな見てさわっている、手作りの工房。床の完成以来ずっと敷いていた養生を剥がしました。ビニールの上に集まったのはペンキの雫が固まったモノ、杉のカンナ屑、扉や棚のノコギリ屑、ちぎれたネジ、エアコンの部品、柿渋の跡。。。そのどのゴミも愛おしかったのは、皆の「跡」だからでした。

1人で創めたパン屋が、1人で始めたProject"B"に、どれだけのお客さんと仲間と職人が協力してくれた事でしょうか。今日まで3ヶ月、この養生が敷かれてから1ヶ月。この上で繰り広げられたドラマは一生の思い出となりました。


もうすぐ見えなくなる床を何度も拭いて、宜しくを伝えました。窯が乗るこの床からの景色を目に焼き付けました。見上げればエアコン配管で泣かされた窯上の天井、今では心通う思い出深い天井です。お客さんご夫婦に手伝ってもらったけれど、どうしても突破できなかったルートの1つです。


2018年10月31日
最初に到着したのは運び屋さんのカラのクレーン車でした。「窯こねーと仕事になんねーなー。」元気の良い親方と一緒に窯の到着を待ちながら、ステージ作りを進めます。現場を引退し社長から会長になった親方。小さな現場はまだ続けていて「バカ違うだろーよー、早く言えよー危ねーだろー!」と新人を叱咤激励しながら育成していました。引退したけどまだ現役、これから彼によって運び込まれる窯もその通りでした。そしてその窯に叱咤激励されることになる、私です。


ツヤっぽく光るコンクリートの床に純白の養生が敷かれ、朝日が当るときれいな花道でした。細かい板で高さを調整しながら、工房床面とツライチでステージを組み上げていきます。先週は1人でやった作業。高さの調整は木杭を使いました。今回は2tなのでプロにお任せします。調整の板も種類豊富です。


クレーンから遅れること15分、仙川の細い道路に到着したのはお洒落に仮装した窯。都心ではハロウィーンなる不思議な仮装騒ぎで逮捕者まで出た当日の朝9時過ぎです。外装パネルを全て取り除き、断熱材も引き抜いて、裸の状態にした写真が「九龍城砦的石窯全貌」。それから比べると見た目だけは大分スマートです。

電線の込み入った私道にビタリと横付けする2台。左から右へ移し、そこから吊って下ろし、頑強な台車でゆっくりと入場です。


余裕を見て造った間口でしたが、ギリギリです。工場での試運転の際、側壁温度が上がりすぎた為に断熱パネルを増やしました。両サイドに増えたその厚みが「余裕」を消したのでした。時に若干傾きながら、巨体がじっくりと進みます。あまりにギリギリの箇所はビスの頭の出っ張り数ミリさえも外して稼ぎました。


窯の天井には設置の後で火の熱を攪拌する為にタービンが取り付けられます。巨大な火の装置には水道も取り付けられます。これは焼成室を蒸気で満たす時の為。今では電子パネル操作が99.9%です。水道の蛇口を取り付けるなんていう発想は、いかにもドイツ。1回押せば決められたccやmlの蒸気が出るように電子制御することが容易な時代に、蛇口のひねり方のサジ加減に委ねる超アナログ方式。戻し忘れたら安全装置も無いので、ビショビショになります。


どんな窯にも手前と奥とで温度ムラがあり、特にヨーロッパで採用されている奥に長い窯は、焼成途中でパンを入れ替えることが困難です。この窯の焼成室の奥行きは約160cmあります。焼き上がりには個体差(ムラ)があるのが当たり前で、お客さんは好みの焼き色を選んで買う光景が普通です。どれも同じを目指す国と、違って当たり前を選ぶ国。この窯は後者の国で数十年前に造られた、後者のパンに特化した石窯です。そういうパンを焼かないと意味がありません。


要らないんじゃない?
タイマーは新品のアナログ式です。新品なのに、、、1分~2分の誤差が「毎回」生じます。高温焼成時の1分超過は焦げに直結します。すこし焼き時間が足りないなと思ったら追加で1分設定したいところですが、10分未満の設定は、ダイヤルを回しても針が固定できず、どうやっても出来ません。大昔のオーブントースターのタイマーじゃあるまいし、どうにかならないものでしょうか。「造ろうと思えば造れるけど、要らないんじゃない?」といった所でしょうか。

元々はこのタイマーが付いていました。3段窯なのに、たった1つだけ。理由は不明です。これも「3つも要らないんじゃない?」といったところでしょう。治して使いたかったのですが、数十年の歳月がギアの歯を丸坊主にしていました。ツルツルのギアなので、どうにも成りません。ギアから造って治してくれるような、心暖かい時計屋さんが居たら教えてください。

他にも「要らないんじゃない?」が随所に見られます。温度センサーも、温度計も1つだけです。3段あるのに、2段目に1個だけです。つまり、2段目が冷えればバーナーが作動します。その時、1段目と3段目が適温でも関係ありません。この窯は、温度設定も1個だけです。要するに、各段ごとに温度を設定することさえ出来ません。1段だけ使うことも、出来ません。点火したら、全段同時フル運転。各段ごとの設定なんて「要らないんじゃない?」そう言い切っているメカニズム。そういう素敵な仕様のビンテージな石窯。現代ではまずありえませんし、日本ではクレームになりそうな仕様です。


奥に長いということで出し入れするのも大変そうです。その道具の長さも2mは欲しい所です。ところが最後の難関だった「窯前壁」までの距離がギリギリなのです。つまり、パンを取り出すとき、常盤塗装が左官風に仕上げてくれた壁に、道具の柄がぶつかるのです。選択肢は残されていません。柄を握った手が窯の入り口に差し掛かる熱い短さに、切るしかありません。いまは5cmほど手前で壁に当てない操作感覚を身に着けようと練習中です。


試運転で200度まで上げました。熱源が電気ではなく火という事があり、一酸化炭素中毒のリスクがあります。排気ダクトの風量調整にはもう少し時間をかけ、最終的には本番の温度まで上げて行く予定です。朝の9時から夜の19時過ぎまで、たっぷり時間が掛かりました。ガス屋さんがメーター取り付け作業を始めるタイミングでようやく休憩を取り、窯の取り付けに来てくれた2人と一緒に近所の老舗の「なみはな丼」。これまで何度も一緒に食事をしてきた頼れるエンジニアです。窯の話、仕事の話、遊びの話をしながら友達の様に過ごす昼食です。


馬要改造
ピールの台、通称「馬」。パンを挿入する板を載せる台ですが、現在は2段目の高さにあわせています。これを改造しないといけなくなりました。窯の一段目が馬より低いため、ピールが斜めになります。その問題を今後具体的に解決しないといけません。さらに、かなりの重量があるピールを3段目まで持ち上げるには、身長をあと15cm伸ばして、腕力を15%UPさせる必要がありそうです。身長が伸ばせないなら、腕力を30%以上UPさせないと体がもたなそうです。電動昇降機はスペースもアレもとても用意できません。このサイズの奥に長い窯を1人&人力で扱っているパン屋を知りません。製造国ドイツではどうやっているのか覗いてみたら、2人がかりでした。もしくは日本では超高額で販売されている昇降機を取り付けていました。そりゃそうだよな、、、と、すごく納得できましたがこの難関を突破するルートが、きっとどこかにあるのではないかと、小さな希望を持っておこうと思います。


要求される工夫
とにかくピールが長くて大きくて重いです。分かっていた事ですが、実際に設置した後で動けるスペースで取り扱ったのは初めてです。分かったことは、ピールをしまう場所の難しさ。2m&15kgの台を水平から垂直に持ち替えて立て掛けるには、あちこちぶつかる狭さです。工房が狭いので一日中寝かせっぱなしには出来ません。日に何度も繰り返す、名づけて「ピール回し」。この攻略法を探す必要がありそうです。立て掛ける壁にも工夫をしないと金属のピールが壁を削ってガタガタのボロボロになりそうです。イチイチ重く、イチイチ大きい道具、これからパートナーシップを深く築いていくために、たくさんの工夫が要求されています。

モレました
きっと窯が緊張していたのでしょう。慣れない環境で夜中に布団を濡らすことは人も機械も同じようです。本当にココだけでしょうか。見えない内部での漏れも起きていそうで、不安です。


トレました
新品ですが、、、今のうちにどんどん取れちゃってください!だいたい固定されていないのだからトレます。きっと故障ではありません。構造を調べてみたらあまりに簡単でテキトーですごく納得出来ました。ツマミをいじるだけで取れるというのは、この窯の「仕様」です。当時の温度計は故障しており修理不能だったので、これは新品の温度計です。頼ることが許されない、1メモリが10度という、超大雑把な「最新」です。


日本では考えられないこういう仕様については、どこまでも付き合う覚悟です。ただ、このパネルを開けるのが、かなりナメているビンテージな六角なのは怖いです。穴がほぼ丸に削れています。こういうところは交換も考えないといけないかもしれません。


まさかのネジ
自然発生したチームが機械の搬入を手伝ってくれた日、+でも-でもない特殊なビスをチームリーダの智恵で外したことがありました。その時のビスがこれで☆型です。


もう見ることは無いと思っていたこの規格の小径ビスが、この窯の随所に使われていました。メンテナンス部品の取り付にも、このトルクスが使われています。早速お取り寄せ開始決定です。まさかこんな特殊ビス専用の工具を引き出しにしまっておく事になるとは、人生何が起こるかわからないものです。


容量不足=容量オーバー
運転するまえに換気扇のパワーを決めて取り付ける必要があったため、想像を凝らして選んだパワー、不足です。パワーが強すぎれば冷房も吸い込まれ、弱すぎれば工房は熱気に満たされます。どちらかに偏ることはある程度想定していましたが、もっと強い換気扇でもよかった。そんなパワーを感じる窯です。結局は工房サイズに対して窯が大きすぎるのです。強い換気扇をつけたらつけたで、また別の問題が起こりそうな、ジェンガな工房戦です。

窯再生の主役
この窯の再生に全面協力をしてくれた新光食品機械販売。元はガスバーナーの製造会社で現在はこの窯の輸入販売もしている会社です。今回の窯は新光さんが輸入販売を開始するよりも前の時代の固体で、一体どういう経緯でドイツからやってきたのか、その履歴が全くわかりません。たまたま同じブランドの窯だったとはいえ、個人的に見つけてきて持ち込んだボロボロの窯、それも現行品とはバーナーから異なり、温度計もタイマーも違い、ありとあらゆるパーツがサビに侵食されていたこの巨大窯を一所懸命に再生してくれました。彼らが輸入した窯ではないのに、直せないパーツは造ってくれて、「こうしてほしい」「こうしないでほしい」の要望に応えてくれたお陰で、数十年の眠りから目覚めてようやく動き出したオリジナルのガス式石窯。この工場内に長く居座り、多くの時間を割いてもらった幸せな窯です。


再生に際し、バーナーを始め古すぎて直せず入れ替えた部品も多々。当時のタイマーは別の技術屋さんにボランティアで見て頂いたところ、ギアが磨り減り、まったく歯が無くなっているツルツルの有様で治すことはできませんでした。金属のギアがなくなるほどの年月を活きた窯。これはオリジナルではなく、違う年代のパーツで構成されたハウル的要塞で、何年式かという問いの正確な答えは法隆寺同様、ありません。「天井裏とこころ構え」に法隆寺の専属棟梁の著「木のいのち木のこころ」を持ち出したのは、この窯と法隆寺の構成につながりを感じていたからでした。古き良きものを残すことと、そこから学ぶ何かには未来を明るく変えるストーリーが秘められている様な気がしています。

新しくて古い窯、古くからの新しい麦
ノスタルジーとモダーン」で触れたように「新しいものからは生まれてこない新しさ」というものがある様な気がします。古い窯が使いたかった訳ではありませんでした。今の技術で再生された窯は新しい窯と呼んでも間違いではなく、古い窯と呼んでも正解です。でも正確には「古さと新しさが一つの目的に向かって混在している」窯です。この事はベースベーカリーの「麦祭」で披露された2種類の自然栽培小麦にも当てはまります。古代農法と呼んでも間違いではありませんが、単純な古典回帰思想から生産された麦ではありません。古い時代の見習うべきところと新しい時代の優秀な技術や素材、その組み合わせで生じる個性が今の環境へ与える負荷への配慮と現代人の味覚指向の洞察、そして提案と希望が込められている、そんな麦。この窯とこの麦はきっと仲良くなれる、そう願っています。

ともあれ窯は無事に搬入され設置されました。明日は早速の修理と調整を控えていますが、ここからはじっくりと時間をかけて、「モダーンパンの醍醐味」に一歩一歩近づいてこうと思っています。まずは11月中に最初のパンを焼いてみたいです。

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