バゲットの行く先

日々雑感
休業から110日目。先週は全粒粉の小麦パンがようやく焼けたので、今週は白い粉の製粉と仕込みに挑んでいます。予約制の保健所審査を月末まで待つ必要があるため、早くとも12月からの製粉によって仕込みがスタートします。最初の販売は中旬の見込みで、ラインナップも絞り込んでスタートします。この窯のための長い長いプロジェクトでした。何とか動き出した石窯の良い特徴を生かせるように、パンの種類や大きさもあわせていきたいと思っています。

バゲットの行く先
先日、前からずーっと思っていた「バゲットをやめよう」を、ちょっと口にしたらお叱りや、無言をたくさん頂きまして、、、すこしだけ考えを改め中です。でも、バゲットの仕込の一部だけでも体験してもらえたら「やめてもいいよ」と言ってもらえる様な気もします。

《 バゲット小麦粉の作法 》

精麦作業

石臼製粉

ふるい&ふすま除去

その粉のブレンディング

飛散した粉の大掃除

ただ粉を用意するだけでも、これ。大変ずうずうしい提案ですが、粉を作る製粉作業とその後の大掃除を手伝ってもらえるならば、もっともっと前向きに検討できるかもしれないな、なんて思います。後々お話しする「無駄」についても解決できればですが。

粉はもう買わない
全粒粉ではない粉を使うパンは、白い小麦粉を買っていますが、BIOで気に入る粉がなかなか、ありません。美味しくても酵素が強すぎてパンにならないロットがあったり、安定して買えなかったり、輸入粉はなぜか高価すぎて日常のパンの価格にふさわしくなかったり(現地ではすごく安いのに)します。結局は、そのどれもが製粉されてから時間の経過した粉なので、確実に酸化しているわけで、その香りや品質にも満足や納得がしきれません。「パンが美味しいパン」を目指す時、1番大事なのは麦の質と鮮度です。「いや、1番は酵母だ」と言う人も要るかもしれませんが、酵母も麦で培養する店にとっては、やはり麦の質と鮮度こそが1番です。
そんなわけで、リニューアルを控えるベースベーカリーでは粉を買うのはやめよう。と考えています。買わないと作れないパンはやめる、という不器用な選択肢は究極の美味しさへの小さな一歩だと考えています。蕎麦の味がそばの実とそば粉の鮮度でほぼ決まるように、パンも麦と粉の鮮度で決まる食品です。
※パン=粉と水と塩だけで作られるパン。菓子パン食パンは含みません。

これまでも、これからも、
どれを焼くか、焼かないか、好き勝手に決めていたつもりでしたが、いつからなのか、最初からなのか、このパン屋は「皆さんのお店」だなと思うようになりました。もっと慣れ慣れしく言わせてもらえるなら、「仲間たちとのお店」という実感です。「仲間ベーカリー」の責任者としてリクエストに応えたいパンもあるし、かたくなに焼かないパンもありますが、1人の判断で全てを決める店ではないんだな、と感じています(これはとても良い意味において)。そんなバゲットの行き先、粉を買わずにやめるのか、粉を作って続けるのか。どうしましょうか?

今週の本題

100時間以上熟成させた自然栽培Bio春よ恋のフォルコンブロート

今週一番の喜び。それはなんと言っても、小麦のパンを初めて焼いたこと。先週の記事「悲願のパン」ではライ麦のパンを始めて焼けて、その香りに満ちた工房と光景にとても幸せを感じました。今週はついに同じく悲願の「小麦のパン」を焼くことが出来ました。

ライ麦パンと小麦パン
日本での違いは大差がなく、ライ麦パンと称している方にはライ麦粉を少し添加する程度です。それでライ麦パンを名乗れるわけですが、国がきちんと規格を定めているヨーロッパではNGです。

ライ麦パンで有名なドイツでは「ロゲン・ブロート(ライ麦パン)」と名乗るパンは「90%以上のライ麦を使っている事」と定められています。ですから、いわゆる「食べやすいふわふわしたライ麦パン」など存在しないし、存在していれば違反です。ライ麦と小麦とでは見た目も栄養価も違う穀物で、膨らむか膨らまないかという大きな違いもあります。ここでは膨らむために必要なグルテンだけを比較してみましょう。

小麦のグルテン
グリアジン(粘り)とグルテニン(弾力)

ライ麦のグルテン
グリアジン(粘り)のみ
ライ麦の粒は小麦に比べて細長い形。

つまり、ライ麦にはグルテニン(弾力)が欠けているので全く伸びません。ひたすらベトベトで、生地を引っ張ればボソっと、そのまま切れます。小麦ならビヨーンと伸びて離せば戻るところですが、ライ麦はそうはなりません。ヨーロッパが定めるところのライ麦パンを日本人が焼かない理由は、売れないことが一番でしょうが、掃除の大変さもあるのではと考えています。ベースベーカリーではライ麦100%なので、とにかくベトベトの極みです。ボールも手袋も乾けばバリバリで、ふやかせばヌルヌルになり、こそぎ落とそうとするとプラスチック製のカードも折れるほどガチガチに固まってしまいます。それでいて、生地には弾力が無いので膨らまず、仕上がりは小さく見えます。

調布ビアワークスから「ライ麦50%ペールエール」
 11月13日、調布のビール醸造所”調布ビアワークス”がライ麦を使ったビールを発表しました。飲むパンとも称されるビールの世界も似ていて、ライ麦ビールの中身はライ麦が5%~10%程度が一般的です。今回の50%はあり得ない配合率だそうで、こういうビールが他に存在しない最大の理由は「ベトベトが大変」だからです。醸造者に「もう二度と造らない」と言わしめたグリアジンの個性。困難から生まれたビールは、残っていればまだギリギリ、調布ジャクソンホールで体験できるかもしれません。
 ベースベーカリーでもライ麦パンは大変な重労働なので、今後は月曜日を「ライ麦パンだけしか焼かない日」にして、グリアジンと精一杯格闘する予定です。

重さで買うヨーロッパ・見た目で買う日本
お買い得かどうかは、質と価格で判断するでしょう。でも、お買い得「感」というのが好きな日本人です。スーパーのパッケージなど見ていると「感」を演出するための執拗な工夫が目に留まります。中身に対して箱が過剰に大きい商品や、箱は変えずに、内容量だけ減らしている商品など、その手法は色々です。ライ麦パンが小さく見えるのは性質なので当然な事で、それこそ本物のライ麦パンの証ですが、日本人にとってのお買い得「感」が無いので手にとってもらえない事実があります。

ヨーロッパでは量り売りが基本なので、1kg/6€などと書いてあり、他店とのコスパ比較も可能です。パンのコスパは「重さと価格」で決まりますが、大きさと価格で判断されるのが日本の現状です。コメの国ですから不慣れなのでしょうが、消費者がこの悪しき習慣を卒業しない限り、軽いパンを大きく膨らませるお買い得「感」の演出作戦は続きそうです。大きさだけでなく、重さも記載したパンのレビューサイト「パンレビュー」の登場は、日本のパン文化に正しいハカリカタを広めてくれるのではないかと、期待しています。パンブログやパンメモを残している皆さんには、ヨーロッパでは当たり前の「重量表示」の導入をおすすめします。

小麦パン
さて、今週焼いた小麦のパンは100%が小麦。ライ麦同様100%自家製粉です。酵母のエサは小麦だけです。小麦・水・塩=小麦パン。とてもシンプルです。酵母はずっと継ぎ続けていて、大切に絶やさず育てていました。でもパンにしてもらえない期間が続いたので、ちょっとふてくさっている様子でした。いよいよ焼けると決まってからは、美味しい麦をたくさん与えてより元気になってもらい、ようやくあの麦でテスト焼きです。

窯のチリゴミ問題
その前に先週のチリゴミを解決すべく、テストベイクの日に窯屋さんが来てくれました。パンを焼く前から調整を開始し、蒸気筒から出てくると思われる焦げカスが出ない程度に、圧力を弱めて調整しました。この作戦はなかなか有効でしたが、まだ少し、出てきます。古い窯を使うことはやっぱり大変なようです。


どうせなら、一緒に
「見ているだけじゃつまらないでしょ」と言うことで、窯屋さんとテスト用のパン作りです。数々のパン屋さんを見ているプロも、色々な意味でこんな生地は見たことが無いそう。ゆるゆるでベタベタ。この時点でも漂う甘~い麦の香りは、確かにかなり特徴的です。


お客さんが様子を見に来てくれて、急な見学会。仕事前の時間が無いタイミングなのにヒトメでも見たいと来てくれたのはフランスからのお客さんでした。バゲットの美味しい食べ方を誰よりも知っているのではないか、そう思えるほどのパン好きです。


バゲットを今後も続けるなら粉の製粉と掃除を手伝ってくれるかもしれない、それくらいパンに対して熱い気持ちのある彼です。知らぬ間に、同じような姿勢。きちんと膨らむのか、火はやわらかく芯まで通るのか、もう、気になって気になって、しかたがない2人です。先週まで1つもなかったはずの窯に貼られている大量のデジタルタイマーが、何かをあきらめたことを物語っています。もう、ドイツ製のあのタイマーは、、、信用しません。出来ません。でもつい、いじってしまいますが、頼りません。


人気No1の食事パン、フォルコンを作る予定でしたが、名人の一声で同じ生地からブローチェン作りです。ドイツの食べきりサイズの食事パン。分割重量も、焼きあがった後の重さにも決まりがあり、その重量に満たなければブローチェンとは名乗れません。その規格に則って 焼きます。この作業風景はみんなが生地をさわっていたので写真がありません。


大きく膨らんでクラスト(皮)はしっかりと香ばしく、クラム(中身)はシットリむっちり、いい香りです。が、底が焦げ気味でした。石の温度が思った以上に高い。後に分かるのですが、窯についているアナログ温度計も20度以上、ズレていたのです。この窯の計器はすべて当てにならないということ。時間も、温度も、当てにできない窯。何を当てにすればいいのでしょうか。ひたすら焼いて身につける以外にはなさそうです。

一番左のきれいな温度計もお客さんからの差し入れ。窯の温度のムラを気にしていることを察して、届けにきてくれました。こんなに気にかけてもらえるパン屋さんって、あるのでしょうか。 本当に有難い事です。


この後もどんどん増え続けるお客さんに見守られながら、パン焼きは続きました。アナウンスもしていないのに、こういうタイミングで集まる人たちは、相当な臭覚を持っているのだろうと思います。この大きな窯には「釜待ち」が無いという良さがありました。焼きたいのに、パンが窯に入っているから焼けない、という「窯の順番待ち」がありませんでした。このサイズの強みですが、種類が多いと窯待ちが発生してしまいます。少ない種類をたくさん焼く事が得意な窯です。もっと詰め込めるけれど、3割ほど数を減らしてゆとりを持たせると、さらにもう少し美味しく焼けるという「贅沢焼き」が好みでした。製粉も培養もそうですが美味しさと生産効率は、なかなか比例しないようで困ります。


そして再び「バゲットの行く先」を考えます。
バゲットを焼かないことで残念に思ってくれるお客さんが居ます。でもバゲットの粉を買うことで悩みが消えません。お互いが納得できて、幸せを感じられる境目はどこにあるのかを探しています。「白い粉」と言うことは外皮を取り除き、その外皮はフスマとして使えるけれども、実験の結果、少なく見積もっても15%もの麦が捨てられることになります。畑があれば還せますが、ここにはそれもありません。大吟醸と同じ理屈で麦を捨てる分、価格は上がります。その皮肉な効率の悪さ。丹精こめて育てた麦の一部を捨てるという行為を「贅沢」と呼んでよいのだろうかとという疑問が、どうしても消せません。

白い粉を作るために廃棄する麦の部分には、ビタミンとミネラルと圧倒的な食物繊維が含まれているので、「手間をかけて栄養を捨てる」ということです。それでも白いパンを食べたいという熱い想いに応えたい、全粒粉好きなパン屋です。
※粒から石臼挽きする自家製粉では、市販粉の白さは再現できません。比較すればだいぶ茶色い粉になります。

これがパンドラの箱

 

「バゲットの行く先」を探していたら、とうとうパンドラの箱を開けてしまいました。服や顔は当たり前で、床も壁も天井も、あちこち粉だらけだったので写真はありません。最終的には石臼を分解掃除をするハメになり、4kgのバゲット粉を作るのに5時間半も掛かってしまいました。パンドラの箱の掃除も結構な時間が必要でした。その様子を終始友人が見守ってくれていたので気持ちの上でだいぶ救われましたが、この作業を1人で、製パンと平行して行うことは大変厳しいです。

人を使えばパンが高くなります。資本主義の今、それでいいのかもしれませんがロマンがありません。もうイイオトナなのだから理想と現実の違いは理解しないといけませんが、バゲットを焼く選択肢があるとしたら、どうにか時間を捻出して前述の《バゲット小麦粉の作法 ≫の手順に従うことと、生産者さんに麦の一部を捨てることを許してもらわないと出来ません。きっと生産者さんは笑顔で「良いよ」と言ってくれると思いますが、何かがひっかかります。その何かの大部分が「無駄」についてなのです。

数字で感じる無駄
どれだけの麦が無駄になるのか、具体的な数字を発表します。自然栽培のキタホナミでバゲット粉を作る場合、製粉した麦のたったの65%しかバゲット粉になりません。

残りの内訳
つまり35%の麦がバゲットに使えない粉です。
そのうち21%が使い道の難しい粗粉。麦のバランスを欠いている茶色い粉で、フォルコンにも使えないので、作業中の手粉につかうことになります。しかし大量すぎて使いきれず翌週に持ち越せば鮮度が落ちる問題が生じます。翌週にもバゲットを焼けば、また新しい粗粉が生産されてしまい、手粉で使い切れそうにありません。
最後の残り14%は、どのパンにも使えないフスマの集まりで、処分候補です。フスマをクッキーに混ぜるなど有効活用をしたところで、とても使いきれる量ではありません。酸化が早い部位なので、保存不可。これも翌週には新しいフスマが生産されることになり、間違いなく使い切れず、処分することは確実です。

打開策は何処に
パンドラの箱を開けてしまった者の責務として、製粉でもう少し良い結果を出すべく翌日は麦の品種を変えて再挑戦しました。すると更に恐ろしい結果が出てしまったのです。

麦100%のうち46%しかバゲットに使えませんでした。日本酒なら精米歩合50%で大吟醸なので、それ以上の数値です。残りの54%のうち、処分が20%。20Kgの麦袋の中の、実に4Kgもの麦を、バゲットを焼く度に捨てる事を意味しています。
気になる点をひとつずつ解決しながら、理想とロマンの詰まったバゲットにたどり着けたなら、その時はきっと幸せを感じられるのだと思います。ベースベーカリーが白い粉でパンを焼くための、だれも傷つけない「落としどころ」を探す旅が始まりました。挽き立て+ふるいたてのバゲットのための粉。純白ではなく黄色と茶色を帯びていて、水とあわせると粉の香りが勢いよく立ち上がり、色もさらに濃さを増します。それは間違いなく極上の小麦粒から取り出せる究極に新鮮なバゲット粉です。

苦悩の共有というロマンス
ピリカアマム自然栽培BIO小麦で焼くロマンのバゲット。しかしそれは同時に、麦の半分が捨てられるか報われないという、とても情けないバゲットです。栄養価は減り価格は上がることでしょう。続けられるのか商品にするのかもまだ分かりませんが、焼くときには価格はお客さんに決めてもらおうと思います。色々な想いがありすぎて、自分では値段がつけられません。お客さんも大変困ると思います。だって現時点では、作り手も、お客さんもお互いが困らないと焼けないパンなのですから。

バゲットを手に取ったお客さんには、いくらで買うか価格に悩んで困りながら、その時の「気持ち」と交換にパンを持ち帰っていただければ大変有難いことです。そんな非常識な不便さと面倒と、むずかしさの中での買い物は、まぎれもなく作り手との「苦悩の共有」です。優れた麦を生産したい生産者、価値あるパンを焼きたいパン屋、美味しいパンを食べたいお客さん。3者の気持ちは、つまるところ同じです。この1本のバゲットを食べる時、食のありかたと無駄論についてわずかでも考える時間を生み出せるのなら、焼く価値は十分にあるのかもしれません。

精麦歩合46%のバゲット用BIO小麦粉(54%もの有機小麦を間引いた粉)

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