悲願のパン

日々雑感
休業から103日目。この長い期間、何度も何度も夢の中だけで焼いてきたパンを、ようやく現実の世界で焼くことが出来ました!

販売こそもう少し先ですが、ここまでたどり着くまでの道のりはとても重要な体験となり、これからのパン人生を支えるに十分素敵な思い出となりました。今週に入り早くもタイマーが完全故障したビンテージな石窯があとどれだけモツのか不安ですが、あとはもう、なるようにナル。そんな心境です。

出来る限りの精一杯を込めた後で出来ることは、その後の未来を受け入れることくらいです。別の言い方をすれば、予期せぬ未来をも受け入れられる心境になるための、今のうちの精一杯。もしも明日窯が寿命を迎えたとしても、「とっても楽しかった」と言いたい103日間でした。この窯で悲願のパンが焼けたということは、おそらくこの辺りが山頂です。ここからはしっかりとルートを選んで下山せず、パン屋としての長い縦走に入りたいと思います。最初のパンを「せっかちハチさんの棚」に並べて、いざ運命を受け入れる覚悟です。


今週の本題
それはなんといってもパンを焼いた事。念願の、待望の、悲願のパン。 パン焼きの工程の一つ一つを噛み締めながら、楽しみながら、最初のパン作りを進めました。

床みがき
先週、予期せぬ嬉しいかたちで主役のスゴイ麦が届いてカミダナを用意しましたが大工工具にあふれた工房で開封するわけには行きませんでした。今週最初の仕事は大掃除でその記憶は鮮明に焼きついているのですが、写真が見つかりません。思い起こせば全員が、誰とも言わず靴を脱ぎ、はいつくばっての床掃除でした。特に指示もしないまま、率先して集まってくれて、自然と掃除を始めてくれた人たち。バケツに雑巾まで持参してくれました。全員とは、いつも助けてくれるお客さんたちです。一番やらなきゃいけない人間がパシャパシャと写真を撮る雰囲気ではなかったのかもしれません。この時の写真は1枚だけ見つかりました。皆が帰った後の輝く床に立つ写真。有難さをかみ締めた瞬間です。


三種の神器
あの麦2種を一つの皿に合わせて、「麦・水・塩」。


棚を一緒に作ってくれた演奏家の彼にお礼の報告をしました。すると数日後、次回とは違ういい香りのバラ、ブルームーンを1本もってきてくれました。そしてリックから出てきたのは「笙(しょう)」という雅楽器。お正月に神社で流れているあの音です。この日、手伝いに来てくれていたお客さんたちも興味津々です。「どうして持ってるの?」「演奏会があるの?」と尋ねると「いや、奉納しにきた。大事にしている麦を飾ったと聞いたから、ちょっと奉納でもと」。


サプライズと彼の気持ちに感動しました。どこまでも透明で複雑に紡がれるゆえの心地いい和音が、途切れることなく移り変わる笙の音。古典では常に5~6個の音を同時に出すそうです。まさかこの工房で、この無骨な石窯のまん前で、こんな繊細で美しい光景に出会えるとは驚きです。床が整い音で清まった工房でいよいよパン作りが始まります。

初仕込
パン焼きの最初の工程は製粉です。麦から粉を作ります。小麦の酵母はまだ時間が掛かるので、最初のパンはライ麦に決めました。配合はBioライ麦100%。ベースベーカリー定番の「ロゲン」です。同時に仕入れた古代小麦の玄麦(粒)の精麦作業も進めます。時間のかかる地味で大事な仕事です。省けば楽ですが省かなければ楽しい工程。ただし楽しむには時間と気持ちに余裕が必須です。

精麦→製粉
製粉の前に精麦があります。粒の表面を磨き、産毛や汚れを取り除きます。麦が循環している間に、目を凝らしながら不良粒を取り除くのは、やり出したらとまらないキック名人が担当。ドイツのBIOと言うこともあるのでしょう、他の麦や穀物が混ざっています。そして手を焼くのは外皮がむけていない粒が多いことです。それを見つけて除けて、捨てずに手で、一粒一粒むきます。


特に古代小麦の外皮は固いので大変です。下の写真は全て食せない外皮です。1袋につき数時間、こうして動けなくなるのです。そして稀に、石(右上の黒粒)。こんなものを食べて頂くわけには行きません。大手製粉会社じゃあるまいし、強力な製粉機で挽けば粉になるから大丈夫という問題でもありません。目をしっかり見開いて粒を探し出し、取り除いては剥くことを繰り返します。


ピリカアマムの麦では目にすることの無い粗い品質管理ですが、ドイツのタイマー、ドイツの窯、ドイツの温度計のいい加減さを目の当たりにしているので、納得です。自家製粉を選ぶ時、同時にこういう作業にも多大な時間を費やすことになります。そしてよそには無い精麦機や製粉機も工房の床をより一層見えなくすることになります。


麦が綺麗になると、名人に柿渋で塗られることを上手くかわした「石臼」で、粉を作っていきます。これが製粉です。精麦は養生で製粉がペンキ塗り。そんなイメージです。わずかに混入している雑穀を取り除いたからと言って、味に違いを感じられないかもしれません。でも、美味しくなると思えることは出来る範囲の中でやりたいと思うのが作り手です。この粉が少しでも美味しく仕上がったと思いたい。そんな挽き立てをすぐにエサにして育てているのが酵母です。


酵母論
酵母は目に見えませんが、この中に住んでいます。この酵母の家を研究者や製造者は「培地」と、パン屋は「種」と呼びます。天然酵母と言う言葉がちょこちょこと問題視されるようになったことは喜ばしい事でもありますが、以前も書いたように国がそれを定義しない以上、言葉遊びと騙しあいは終りそうにありません。「酵母菌は元々自然界(天然)の生き物なのだから、天然酵母なんていう言葉は必要無い、市販酵母と同じだ」と、そう主張する人たちも居ます。一見正論ですが、 「同じ」が何を意味しているのかが重要です。酵母は酵母ですが、そのエサがまるで違う事実には触れません。違いを違いとして知ってもらうことは純粋に難しい事です。なにが違うのかを語るのではなく、それぞれの製造工程を隠さず表示すれば済む話です。エサに何を与えているのか、製造過程で使った薬品や添加物もすべて明示すれば「同じ」かどうかは明らかになるはずです。

さて、クールダウンして、
酵母にエサを与えて元気になってもらい、そこにまたエサを足して元気に増えてもらい、パンが焼けるパワーになるまで続けたところで、生地として扱います。ここでいうエサはベーカリーごとに違うでしょうし、市販酵母を混ぜればエサも要りません。ベースベーカリーが育てている酵母のエサは「麦だけ」です。三種の神器なんて呼んでみたくなるのは、目に見えない酵母までも、麦で育ってくれているからです。つまり副材料のどこまでさかのぼっても、「麦・水・塩」しか含まれていない生地ということになります。


窯入れ、そして理想
成型してちょっと休ませて(最終発酵)いいかな?と思ったら窯に入れます。これが焼き。窯の熱で酵母が温まり活発になって生地は膨らみますが、やがて温度が高くなりすぎて酵母は死んでしまいます。麦は種。酵母も生き物。それが沢山詰まったのが、パンです。そしてパンをパンにしてくれているのは、目に見えない菌による目に見えない力です。科学が進み、発酵のメカニズムと正体が明らかになったけれども、そういう不思議を不思議と感じながら、パンを焼いていたいと思います。

 有難さとは「アルということがムズかしい」ということです。「あの種がパンになるなんて!」という有難さを感じ続けるためにも、摩訶不思議な現象を起こす3つの材料をあの棚に飾り続けたいと思っています。知識はレシピにこめて、経験は判断に使って、出来あがったパンには毎回「アリガタ」さを感じられる単純なこころ。上手くいくかいかないか、精一杯を込めた後は、なるようにしかならないというドキドキとヒヤヒヤを感じながら、今日もパンになった!という喜びが得られる、そんなパン焼きが理想です。コントロールしきれない、所詮できっこない、生き物相手の仕事。窯探しに求め続けた「使うべき窯」との出会いの条件の1つ「強力な個性」は、コントロールしきれない窯とも言えそうで、それでいいと思っています。

古代農法の麦は雑草の中でほったらかしで育つのではありません。花を育てて咲かせて、それを土に栄養として還し、手をかけて、必要な雑草は残して不必要な雑草抜きに明け暮れ、不穏な空模様を気にしながらも、もうあとはなるようにしかならない、という覚悟と祈りの中で育まれています。そんな麦で焼くパンもまた、出来る限りの手をかけたあとに出来ることはナイフで刻む祈りだけ。なんだかよく似ているな、と思うのです。


小物作り
今週はさすがにもう、ノコギリ、カンナ、電動工具は仕舞いました。試運転や試作をしながら実際に動いてみて見つかった問題点を解決していきました。 柄が長すぎて取り回し出来ないスコップの先端に、エンドを取り付けました。手が触れれば残り5cmだと分かります。壁までの距離は本当にわずかなので、5cm手前で気がつくだけで衝突リスクは減らせます。久しぶりに革を縫い合わせる名人。壁に立て掛けても、みんなで塗った壁をキズつけず、一石二鳥の細工です。


コーキング再び
作業台に取り付けた背中との境目に、粉がつまらないようにコーキングです。名人がギリギリをせめて3mmくらいの極細の線で仕上げてくれました。


外の扉の上の大きな隙間には大胆にたっぷり2本使い果たしてコーキングしていきます。扉を取り付けてすぐにやるべき処理ですが、扉の反りや吊りレールの鉄鋼加工やりなおしなど、なんども調整を繰り返したので後回しになっていました。最近の扉は外側に膨らむ「逆反り」傾向です。本当によく変化する扉です。今日の反りに合わせたところで、明日はまたズレます。冬と夏でも違うのでしょうか。それもまたよし、と言いたいところですが早く落ち着いてくれることを心から願っています。


コワレました
窯に取り付けた新品の現行品アナログタイマー、ついに、いやいや、もう、壊れました。


 Made in Germany、壊れるのが早すぎます。まだ数回の使用です。
左のタイマーが、全く動きませんでした。このことに気がついたのは窯入れ後15分位してからです。もしもタイマーを信用していたら、マルコゲにするところでした。信用していないので、覗きに行ったら、動いていません。良い様に理解すれば、タイマーに頼らず目で見て判断しろということか。普通に考えれば新品でもこの程度の品質。ヨーロッパ製が優れているという脈々と受け継がれている日本でのイメージの、なんとも頼りないことか。今回、窯に装着した新品の多くの部品が、モレてトレてコワレました。

肝心なパン(ライ麦100%)は中々です。しかし、蒸気を出すと一緒にチリゴミが噴出してくる問題が起きました。正体も出所も分かりません。 今後また早急な対策と措置が必要で「ビンテージ」を使うことの、一筋縄ではいかない現実と対面中です。オープンは12月の見込み。来週はフォルコン(小麦100%)のテストベイクを予定しています。早く窯の不具合が治り、皆さんに食べてもらえるパンが焼けますように。。。


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