糸と意図

日々雑感
休業から89日目。10月頭にパン焼きを再会する予定は1ヶ月遅れていますが、振り返っても短縮することは不可能に思える程の濃厚なプロジェクトでした。動かないものを動かそうとする時、または、動かせそうに無い事を動かそうとする時、あらかじめ脳で考える計画などザルもざるでした。誰も地図を持っていない道に一歩だけ踏み出してみたら未知の世界が広がっていて、ほぼ全てが想定外の新世界に繋がっていた実感。希望と絶望が同量づつ混ざっているのに、希望だけがキラキラ目立つ、そんなあぶない新世界です。

祈りながらの一歩
山でも岩でもある事ですが「踏み出してはいけない一歩・一手」が存在します。言い換えるなら、踏み出したら後戻りできない一歩です。下りも上りもありますが、特に上りでのその一歩は運命を分けることが多いのは事実です。振り返れないバランス、戻るべきだと感じてもさっきの足場には二度と戻れない状況、戻ることの方が危険に感じられる後方の景色、その一歩を進めてしまった事で見えてしまう新世界、そして、、、進めばきっと道は開けるという期待と祈り、そして運。今回の挑戦を支えてくれたのはそんな「祈り」と「運」だったと感じています。人が人を呼び、応援のメッセージや言葉が事と場を育て、戻れない一歩を踏み出したProject"B"。ようやく「ちょっとだけ」一休みできそうな場所へたどり着けたのかな、と思えた今週です。さて祈りとは、、難しそうな言葉なので「心からの宣言」ということにしておきます。

レとル
おそらく生涯使うことになる窯は縁モノだ、と自覚しながらも必死に縁を見つけようとしていた頃、あたり一面に麦の若葉の鮮やかな緑色が広がっていたピリカアマムの中で生産者さんがポロっと言った一言を、いまも大切にしています。

「本当に必要なものなら必ず見つかりますよ」

自然の営みに身を寄せる人の、言の葉。なレと必死になっていた時、なルと教えられた思い出です。

今週の本題


一輪のバラ
10月31日、ついに、ようやく、やっと、窯が搬入されました。窯の搬入日にそっと来てくれて、そっと置いて行ってくれた「これ、庭で摘んだバラ」。持ってきてくれたのは杉板の棚作りを協力してくれた演奏家の彼でした。受け取ったのはハツリ名人。その頃は搬入の手伝いで忙しく、この出来事に気が付きませんでした。搬入作業の様子を見て、今は大変そうだと声をかけずにバラを預けたのだそうです。もの言わぬ花から伝わる人の暖かさが身に染みます。いつか枯れる花なのだから、いつか朽ちてなくなる花器が似合う。そんな想いから鉄だけで造った花器。もう20年が経過してだいぶ腐食が進んでいます。この写真は当日の花で、朝摘んだばかりとのこと。翌日の早朝1人で工房へ入ると、まだ雑然としている空間は神々しい香りに満ちていて、満開の花が迎えてくれました。

こめられたこころ
ようやく出会えた石窯は動かず、当時の部品は故障、同じものは存在せず、替わりを探して取り寄せ、解体して組み立てて修理して、その間一度もパンを焼くこと無く、ようやく迎えた今日の搬入です。庭で咲いたこのバラも、この開花の一日をどれだけ長く待っていたことだろう。きっと摘んできてくれた彼はそんなストーリを、この日にあわせて贈ってくれたのかもしれない。違うとしてもそうだとしても、今日の心にはそう響きました。

窯搬入は別編で
200度までの試運転を終え、後日最終調整の工事が行われ、250度を突破させる計画です。窯にまつわるエピソードは今後も続きそうで、困ったことが既にいくつか出てきました。今週の出来事に加えたら大変そうなので、「窯編」は臨時号を考えています。今週は窯の話を除いても、話題の尽きない週でした。

仲間の訪問
もうじき窯が入るという情報を知ってか友人やお客さんがアポなしで尋ねてくれています。出会いは何年前だったでしょうか、当時は山などやらなかった彼。一緒に壁を登るようになって今ではジャンダルムをやる男です。養生を剥がしてくれて先週の「見習うべき働き者」の木材を焚き火の薪にする手伝いをしてくれました。


はじめての丸ノコを教えながらの慎重な作業です。「もう丸ノコを使う作業は無いだろう」と書いてから2週間、未だにバリバリ使っています。。。いくつもの角材や板材が組み合わさったガタガタの木製パレットなので、回転する刃が挟まったり、自分の方向に走ったりすることが無いように、注意しないといけません。


板とブロックとクギ付きに分解して、引取りを待ちます。ヨーロッパからベースの機械を運んでくれた材。この焚き火に当たりながら冬の夜を過ごしてみたいです。


柿渋塗り再開
ハツリ名人が友人を携えて共同作業です。
ピールの台(窯の前の作業台の足)を何度塗りでしょうか。まだまだ塗るようです。大分濃く、臭く、なって来ました。。。個性の違いが塗りに出ます。名人は意外にもムラ無く均等に、おしゃれな友人はザザっと塗って垂れ跡も残すワイルド仕上げです。


冷蔵庫搬入
調子の悪かった冷蔵庫を、工房改修に伴って(空っぽにするため)廃棄しました。あれから3ヶ月が経った今日は新しい冷蔵庫の人力搬入です。こういう作業は1人では無理なので、とても助かりました。重量100kgを3人の予定が、運よく同じ時間に電気の相談に来てくれていた元アメフト選手も巻き込んでの4人。彼にとっては運が悪かったかもしれませんが、さすがのパワーで楽勝でした。最も難所の予定だったトラック荷台からの下ろす作業は、パワーゲート(昇降機)が付いていていたお陰で助かりました。


業務用機器は意外と面倒で冷蔵庫のドレン配管をしないといけません。天井エアコンで散々に鍛えられたため、曲がるホースでのドレンはなんでもありません。さっさとつないだところで、仲間の差し入れを冷やします。最初に入るものがビール。。。これは試運転に必要な「仕事」です。庫内に新しい刺激臭がするので、酵母を仕舞うのは拭き掃除のあとです。

翌日も山仲間
ハツリ名人の旧友、山仲間が足を運んでくれました。ベースキャンプの様態が日々増している気がします。お客さんも仲間も当然の様に全員アポなしなので毎回サプライズです。この日は手伝ってもらえることが無く、時間も遅かったのですが、名人から彼女の電話に指示が入り、前日の塗り残しを塗ってほしいとの事。柿渋ぬり再開です。お客さんによる引き出しのヤスリ作業の台の下で、ヘッドランプを付けての作業です。5時を回った外はすっかり暗くなりました。


彼女からも手みやげを頂き、ビールと超稀少な国産ワインでした。冷蔵庫を開けるとビンがガランガラン音を立てる有様です。沢山入れても冷えるのか、しっかりとテストしないといけません。

ウソのような本当の話
人が人を呼ぶという事を強く実感したこの日、色々な不思議が起こりました。山仲間も来てくれて頂き物の貴重な品々が集まってきたので、このあたりでお礼の乾杯をしようと思い、遅い時間でも来られそうな人を電話で呼んでみようと扉を開けた途端、目の前に自転車で「その人」がご来店。立て続けにハツリ名人から電話が入りました。「港区の路上で偶然にも真正面から旧友が歩いてきたから一緒にベースに向かいまーす」との事。この旧友には数ヶ月前にワインを頂いていて、次回会った時に一緒に開けようと約束していました。つまり今日が約束を果たす日になります。さらには仙川のフランス菓子店「ラ・カンドール」、国領のワインバー「カーサ・コボリ」、ゴージャスなメンバーが加わってワインは増え、大変貴重な時間となりました。


集まったワインの中で今日まで会ったことの無い別々の2人が持ってきた、まず手に入らない2本の国産ワイン。これだけ世界中のワインが売られている中での国産同士。さらに1本は師匠の作品、もう1本はその弟子の作品です。葡萄の収穫年度まで同じです。


今年3月に催したベースベーカリーの「麦祭」で並んだ3種類の麦のうちの2種類、ピリカアマムの「ノアRainbow」とオフイの「キタノカオリ」。この2つの麦の間にも、師弟ではないものの、古代農法・自然栽培で試行錯誤を繰り返す2人の関係がありました。


思いを共にする者の作品を同時にいただけるということは、とても貴重でありがたいことだと思います。ここに彼らの麦で焼いたパンを用意出来なかったこと、、、それだけが唯一の心残りでした。

これだけの人とワインが吸い込まれるように集まったことも、偶然といえばそれまで。奇跡と言えばその通り。人と人の間に起きる出会いには、複雑な意図が隠されているような気がした、そんな夜でした。

山「小屋」の仲間
実は先週のこと、常盤塗装がエイジングアートの1回目を披露してくれた日の夕方、年に一度会えるかどうかという山小屋の仲間が2日間の休暇で下山し、信州からここ仙川まで「手伝いをしにきた」と訪ねてくれました。その日に手伝ってもらえる事があるかどうかも分からず、窯の搬入日だったかも知れず、もしかしたら材木の買出しに出かけていて留守だったかもしれない。それでも稀少な2日間をアポなしでギャンブルの様に消費するところはヤマ感。「これどうぞ」と渡された紙袋はずっしりとした重さでした。

その日はただただART SHOWに見入る日だったので、塗装を手伝う事は誰も出来ず、かといってこの立派な一升ビンを開けるわけにも行きません。その場でスズリで磨った墨汁で書いてくれたという「名」に、酒店の粋を感じます。


文字が語ること
新聞紙で包まれた純米大吟醸。その手提げ袋にも手書きの店名が書かれていました。さらにもうひとつ、気になる文字がありました。新聞包装紙の「まだ見ぬ世界との出会い」。まさに”PROJECT B”とは、まだ見ぬ世界と出会うためのプロジェクトです。そして小さく書かれている文字には「生き物たちのドラマ」とあります。野生酵母を培養しているパン屋にとって、それは非常に身近なドラマです。この新聞がなぜ、このタイミングでココにたどり着いたのか。これもまた見えない糸と知らされることのない意図の仕業かもしれません。今適温に冷えている生酒を山小屋の調子でやりたいところを理性でこらえる夕方です。

工事の仕上げ段階ではパテ作業もペンキ塗りも終っていて、なかなかサラッと手伝ってもらえることが見つかりません。本当に贅沢な悩みで、有難いことです。壁を壊すとか、セメントを運ぶとか、ガラを運び出すとか、エアコンを一緒に担いでもらうとか、色々と手を借りたいことはありましたが記憶の中でも少しづつ過去になりつつあるようで、時の流れを感じます。

酒の意図
営業再開もまだ、テスト焼きもまだ、そんなパン屋に集まる酒・酒・酒。これは祝い酒と理解していいのでしょうか、とても不思議な現象が濃厚に続いています。酒はパンと同じく発酵が造るものです。今週に入り、窯もない工房に自然と集まり出した発酵した液体が何を意味しているのか、ふと考えることがあります。もしかして窯が入ったら酒ではなくパンが集まるのかもしれません。

エイジングアートの作品完成
窯が搬入される前日、常盤塗装が来てくれました。扉を吊っているレールのサビ塗装の最終仕上げと、貸してくれていたたくさんの道具を、工房のスペースを少しでも広げる為にと回収しに来てくれました。窯の搬入日を覚えてくれていて、連絡も無くスッと道具を取りに来てくれる職人。人の美しさは見習わないといけません。彼の作品は無垢の木の大きな扉の上です。興味のある方は脚立もお貸ししますので、じっくりとご覧下さい。朝日から夕日まで表情を変え続ける"Art of Artisan"です。


窯搬入の前夜、明日に備えてビニールの養生を剥がし、床の雑巾がけを1人静かにこなしました。色々な想い、体験、思い出が蘇ります。


床を仕上げてくれた2人、土間コンを3度仕上げしてくれて、宮古の特産まで持ってきてくれた左官職人の砂川さん、その上にシーラーと防塵塗料を何度も重ねて塗ってくれて全面に養生を施してくれた常盤さんに感謝しながらの雑巾がけです。所々、別の職人が落としていったモルタルが綺麗な床に不自然に目立ちました。


それを今更ヘラで削れば塗装まではがれてしまいます。同じプロ、そのまえに人。多くの人が残していった沢山の手跡のなかで、自分らしい手跡が残せるように。そんなことを考えながら当日の朝も雑巾がけをして過ごしました。

花道
オーブンを迎える準備が進みます。今週の話題につなげると長くなりすぎるので「窯編」は別に投稿したいと思っています。


~伝説再び~
床の養生も所々破れ始めてきて、仕上げに追われる緊張の工房内。「アイテテテッ~」と声のする方を振り向けばコレ。ハツリ名人改め、柿渋名人がライトに頭を釣り上げられ、1人では取れません。。。


気になる箇所のペンキ修正では「足元のペンキ、気をつけてね」と注意した矢先にキーック!緊張緩和にもってこいですが、内心ヒヤヒヤが止まりません。驚くべきはピタリと養生の上だけにぶちまけるという、計算しつくされた名人芸。次回より、柿渋名人改め「キック名人」と改名致します。

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