あの頃の窯が今を輝く

日々雑感
地道な作業がようやく形になり始めた47日目。
Project"B"の更新も順調に進めばあと3~4回程でしょうか。今回の「日々雑感」もパンの話しです。

天然酵母・自家製酵母の話し

今週は前回割愛した「天然酵母」という言葉についてほんの少しだけ触れてみたいと思います。○○天然酵母という名称で売られている市販品も存在しますが、これの組成や製造工程は不透明な点が多いので、ここでは自家培養した天然酵母に限定して話を進めます。とてもややこしくて、グレーでデリケートな理由、それは日本の法律で定義が定められていないからです。また天然酵母について語る時、どうしても景品表示の問題を避けて通れません。いわゆる食品表示の問題とも色濃くリンクしています。だからココでは勇気を出して、それでも「ほんの少しだけ」にします。
※フランスでは天然酵母や天然酵母パンの定義が法律で決まっています。材料の配合、粉の種類にも決まりがあります。しかし、市販のイーストも使っていいそうです。が、その割合も決められています。

天然酵母という言葉はある。でも定義はない

これが日本の現状です。「ドライイーストだって天然酵母だ」という意見さえ存在します。酵母菌自体は生き物で天然なのだから(自然界に生息している)酵母に天然も人工もない、という考えからの様です。こういう意見に対して「間違っている」とも「その通り」とも言えないのは定義が無いからに他なりません。定義が無いことがパンの質を上げているのならともかく、実際には言葉あそびの「イメージ商戦」に拍車をかけ、結果的には質の悪い天然酵母パンを増やす原因になっている様な気がします。

景品表示の問題点

小麦粉・酵母・塩 しか使わないパン。と言いながらその酵母の培養過程では薬品が使われ、完成した酵母製品には食品添加物が含まれ、小麦粉自体にも品質を改良するためのパウダーが「予め」含まれている商品があります。製造者が購入した小麦粉やドライイーストに添加物が「予め」含まれていた場合、その小麦粉と酵母で作ったパンは「食品添加物不使用」と表示して販売できます。え!?と思いませんか。言葉を間違えているわけではありません。これが現状なのです。こういう表示の方法が法律で許されている以上、定義すらない「天然酵母」について、みなが共通の認識を持つことなど到底無理なのです。
※ドライイースト、イースト、酵母、パン酵母、生イースト、これらはどれも同じ意味です。ちょっと優しいイメージがあるのか、最近ではイーストに代わって「パン酵母」という表記が目立ちますが同じです。

天然酵母パン屋の責任

だからと言って、現状を嘆いていては何も進みません。
意識の高い消費者が求めている情報は「天然酵母とは何か」ではありません。購入するパンがどういうパンなのかを知ろうとしてくれています。
  • どこの
  • どんな
  • どうやって
という消費者には見えない情報を隠さずに伝える責務はパン屋自身が果たすべきでしょう。酵母に関して言えば、国が天然酵母・自家培養酵母を定義しない以上、その酵母を作るために使った全ての材料を隠さず明記する事くらいは、各パン屋が自主的にやるべきではないかと思うのですが、現実は厳しい様で、定義されていないことを逆手に取るかのような表示が目立ちます。

だからこそ知ることが大事

自家培養酵母とは、文字の通り解釈すれば「自分のところで作った酵母」の意味です。その「文字からのイメージ」で、手作り感・安心感・天然感を感じる方も多いと思いますが、「材料に何を使ったのか」が明記されていなければ、それは「得体の知れない酵母」なのです。培養の仕方や管理によっては雑菌に汚染される場合もあり、自家培養の材料に市販イーストを添加している場合には消費者のイメージとも違ってくることでしょう。事実、そういう汚染されたパンやイーストくさい天然酵母パンを買ってしまったこともあります。どう作っているか、工房の中まで知ることは難しいですが、少なくとも酵母材料を知ること、知らせることは双方にとって必要なことだと思うのです。消費者がイメージでしかパンを選ばないなら、製造者は当然イメージに訴えるパンしか焼きません。逆に消費者が内容を知ろうとするなら、製造者は内容を重視したパンを焼こうとするはずです。

ここでは酵母について解りやすさを重視したため「パン種」という表現は控えました。本職の方には不自然に響く箇所もあったかと思いますがご了承下さい。

今週の本題


巨体の食欲、旺盛につき危険です!
決して遊んでいるわけではありません。「飲みこまれながらの作業」です。


入っていたのはこのスペースで、パンを焼く部屋です。これを分解してパーツを取り出し、


数十年の歳月で付いた焼跡と汚れと錆を落とし、


磨いてから再塗装して、ここまで綺麗になりました!
食品を直に接触させる窯には衛生基準があり、使われている素材もその基準に合格していないといけません。またガスを使用する製品なので工事には資格も必要です。ホームセンターに通いながら素人が作るわけにはいかないので、この仕事はその道のプロの愛と根気と情熱のパワーで進められてきました。丁寧で素晴らしい仕事です。

この窯が誕生した数十年前の「あの日あの頃」の輝きを取り戻した窯は、現在手に入る新しい材料や部品をたくさん使って再構築されています。あの日の基本構造をしっかりと保ちながら、今の手法で、今の材料で「新しく」生まれ変わる様子は、ベースベーカリーのパンと重なります。前回の記事「ノスタルジーとモダーン」で書いた「モダンパンの醍醐味」。それはこの窯にも言えることで、たとえば当時搭載されていた1度単位で設定できる高性能なデジタル温度計を今回は針と文字盤の曖昧な温度計に入れ替えました。あえて精度を落とすことで磨かれる感覚や技術もきっとあるはずです。

エイヤーと決断する面白さ

「決断力とあきらめる力」を存分に活用してエイヤーと一気に進めた今週。
床を剥がし終えて、天井がだいぶ高くなりました。でも・・・石臼には届かなくなりました。製粉した粉も、ずいぶん高い位置から降ってくるので工夫が必要です。窓の開閉も孫の手でも使わない限り届きません。一ヶ月前なら大問題として深く考え込んだでしょうが、時間って怖い物です。製粉の度に数十キロの麦粒を抱えて脚立を上る、そんな仕様を「面白おかしくていい」と思える様になりました。(内心ではどうしようか考えてはいますが・・・)

設備工事が始まり、電気屋さん、水道屋さん、ガス屋さんが入ると一気に事が運び出します。プロの力って凄い物だなとつくづく思います。間もなく作業のバトンが自分の手に戻ってきたら、短期間で大きな扉を作らないといけません。窯を入れるために設けた大きな間口に取り付けるための扉を、あの手この手で造ることになります。どんな素材にするか、どういう手順で組み立てるかは決めましたが、どこで作るかが問題です。高さ2.5m、幅1.2m、おそらく120kgくらいの一枚扉になりそうです。

それにしても小さな工房をいじるだけでこんなにも壊しが必要で、こんなにもガラ(ゴミ)が出るとは驚きです。数週間分の貯めに貯めたガラを引取りに来てもらったら、とっても強そうな車が来てくれました。「アームロール」なんて初耳です。背負い投げの要領でトンでもない重量を担ぐ雄姿に感動しましたが「普段の現場じゃこの倍以上」だそうです。工房内がすっきりしたのも束の間、数時間後にはまたガラがたくさん出てしまいました。

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